小山英樹のみらい教育LABO 記事アーカイブ

先生LABO

信頼して良かったこと 

ただ白は白く、青は青く。 バイカウツギの花。
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こんにちは 小山です。
今日は、内藤睦夫氏です。
◆長野県で38年間、公立小中学校の教員をやっていた内藤睦夫です。
先生と先生になろうとしているあなた、そして全ての人にお届けします。
私が教員時代に体験したことで、子どもを信頼して傾聴して良かったなぁと思うエピソードを紹介します。(エピソードの本質は変わりませんが、設定などは変えています。)
◆多くの中学校では、キャリア教育の一環として職場体験学習を行います。
A子さんは動物が大好きでした。職場体験学習では、障害を持つ人をサポートする犬の訓練所に行くことを決めました。
「たくさんの犬に会えるんだ」とA子さんは体験学習が始まることを楽しみにしていました。
初日のことです。私は学校に待機して、みんな遅れずに行っただろうか、職場の人と上手くやっているだろうかなどを考えていました。
しばらくして、A子さんが行った訓練所から電話が入りました。私が出ると、担当の方は怒った気持ちを抑えてはいるけれど、明らかにきつい口調でこう言われました。「とにかく、A子さんは約束を守ってくれません。このままの状態では体験学習を続けることはできません。すぐ来てください」と。
私は、「すぐに行きます」と電話を切り、訓練所に向かいました。
訓練所に着き、担当の方から言われたことは厳しいことでした。ここの犬はペットの犬ではない。ここは訓練をする場所である。犬をなでたり触ったりしないことを一番の約束にしてあるのにA子さんはまったく守らない。繰り返し注意をしているのに守れない。先生から厳しく言ってもらいたい。もしこの約束が守れないようならば体験学習は中断する。そんな内容でした。
私は申し訳なく思っていることを伝え、A子さんと話しをすることにしました。
A子さんはちょっと緊張した表情を見せながらもニコッとして椅子に座りました。
「先生がどうしてきたか分かる?」
「・・私が、犬をなでたりしちゃうからですか。」
「うん、それで訓練所の方から困っていますという電話をもらって来たんだ。」
「はい、そうかなと思いました。」不安げな表情をしたA子さんでした。
担当の方は、少し離れたところで洗い物をするふりをしながら、私とのやりとりを聞いています。
「ねえ、A子さんが犬に触っちゃいけないのはどうしてなの?」
「それは・・・、ここにいる犬は訓練を受けるための犬で、ペットじゃないんです。ここの犬は人間を信用していない犬もいるんだそうです。子犬の時愛情一杯に育てられていない犬もいて、人間が手を出すととっさにかみつくことをあるんだそうです。もし人間を噛んでしまったら訓練はそこで中止。その犬は引き取り手がなければ保健所へ行くことになります。」
「そうなんだ」
「もしも犬に噛まれたら訓練所の人にも迷惑がかかります。実習生に怪我をさせてしまったことになります。」
「そうか。」
「そして、先生にも学校にも迷惑がかかります。来年からここでの体験学習はできなくなっちゃうかもしれないから・・・。」
話しを聞いていた担当の方の表情が変わっていくのが分かりました。
「そうなんだ。ちゃんと分かっているんだね。それなのにどうして触っちゃうの?」
「だって、可愛くて、可愛くて・・・、手が出ちゃうんです・・・。ねえ、先生、もうできないの?」
私には答えようがありませんでした。担当の方の方を見ると、厳しいけれども温かな表情で近づいてきて、A子さんにこう言いました。
「手を出さないってしっかり約束できるなら、代表と話しをしてきてあげる。でも、もし1回でも手を出したらそこで体験学習はストップ。それでいい?」
「はい。お願いします。」
代表の方の許可もいただけたようで、A子さんの体験学習は続けられることになりました。計5日間の体験学習も無事終了しました。
「楽しかった。ありがとうございました。」と戻ってきたA子さんの笑顔が嬉しかった。
◆ただ、後で分かったことですが、A子さんは完全に約束を守ったわけではありませんでした。どうしてもどうしても可愛くてなでてしまったことがあったようです。それでも担当の方は学校に連絡もしなかったし、学習を中断することもなかったのです。
頭で分かっていてもできない子どもはいます。衝動性のある子どもはいつもそういう自分と向き合っています。そのことを、まわりが否定し叱責し強制していたら、その子は自己否定感を強めていくでしょう。
今考えても、代表の方や担当の方が、A子さんを理解し寄り添って、温かく厳しく接してくださったことにただただ頭が下がります。ありがとうございました。