小山英樹のみらい教育LABO 記事アーカイブ

小山 英樹

生きづらさ①

人間は、現実世界の中に生きてはいません。
現実を、解釈して受け取り、その解釈の世界で生きています。
ですから、どんな家庭に生まれるか、誰に出会うか、どんな出来事を経験するかによって人生が決まるのではなく、その生まれた家庭をどう解釈するか、人や出会いをどう解釈するか、できごとをどう解釈するかが人生を創り出しているのです。
ある上司が、4人の部下それぞれにこう言ったとしましょう-「その仕事の進め方、ちょっと改善の余地がありそうだね」
部下Aさんは、「上司が、業績アップと成長のきっかけをくださった。優しいな~」と喜び、さっそく改善に取り組み始めました。
Bさんは、「改善ねぇ・・・。ま、確かにその余地があるのかもな。ちょっと考えてみようかな」と受け取りました。
Cさんは、「現場を知らないバカ管理職が、上から目線でまた何か言ってるよ、文句ばっかり言われて、もうやってられねぇ」と腹を立て、退職を考えました。
Dさんは、「上司に仕事の進め方を否定された。なんで私ばかり?クビにするぞっていう脅し?私はやっぱり無能なの?こんなにがんばってるのに?もう無理!」とパニックになりました。
大げさに感じるかもしれませんが、このぐらい人の受け取り方には幅が、違いがあります。
人間の心理には「集合無意識」という領域があり、家族、学校、会社、地域、国・・・様々なコミュニティを構成する人に共通する無意識の感じ方や価値観があるものです。でも、社会も教育もこれだけ「多様化」してくると、それを共有しない人もたくさん現れてくる。ですから「ふつう」という基準が基準でなくなるわけです。
最近関わっている人のなかに、CさんやDさんのような反応をする人がいます。
私なりの「ふつう」の基準を持って1時間も話していると疲れます。逆に言えば、対話を終えてどっと疲れを感じるときは、私が相手を「ふつう」基準に押し込めようとエネルギーを使ってしまった証拠。
「面白いな」「楽しいな」と、彼らとダンスするのが理想です。
そうすると、彼らの魅力が感じられます。そして同時に彼らの「生きづらさ」が見えてきます。
続く。